②嘘部いていることを良いこと 自分は人を騙しとおせると思い込んでいる
長いので2部に分けました。心を入れ替えないために何人分もの時間を使いました
気持ちの良い状態に私にしてもらったことを 認めたくないからです。
親切や親身になってくれた人たちがそのことをどんなに馬鹿らしいと後悔してきたことでしょう。
私「貴方の親もそういう感じだったでしょう。こちらはご先祖様の味方であり これから成仏していただきますと初めにごあいさつの時に説明をしているのですが 敵意を示す会話しかおこないません。」
話をしていることが不愉快であり 協力することが嫌になるような態度ばかりをとっていますので 周りの人ともうまくいかなかったことがうかがえます。
それに対して ご先祖様は 「これがおれだ!」と威張った強気な感じです。
ちっとも威張る内容でもありません。恥ずかしいと思うとか自分は情けないな!と思うところです。
私は 話つづけます。「人間関係がうまくいかないならばそれを治す。自分を治したいと思ってもなかなか治せませんが 治していく方法を私は見つけました。これがその一つであるご先祖様セッションです。先祖から受け継いだ治したいところを改善していきます。
私自身も治したいところが沢山ありました。自分では、こういう態度をする予定ではない こんなふうにしたくなくても治すことができなくて 自分が自分のいうことを聞かないわけです。私はこのことに幼い頃から苦ししみました。その理由の多くには先祖や両親から受け継ぐ遺伝子でありこれを治すことができる範囲があることが解ったことが幸運であり、これも皆さんにも使っていけたらと心より思わずにはいられません。
このご先祖様は 自分に悪いところがあるなどと考えたことがありませんでした。
人間は良いところも悪いところもあります。
治せるところと治せないところがあります。治せないところは悪いところではないと私は今のところ考えています。それは成仏してゆくことには関係がないことだという持論を現在もっています。
天に上がる準備が進んでいますので 私の話を聞くようには成長しています。
聞いてくれるようにはなったのですが 頭が使えませんので 聞いていると思考が止まってしまいます。
生前からそうであったはずです。
私が感じますのに 自分自身や皆さんの事を見ていますと 頭は使えるようになるものです。使えるようになることが難しい部分も人により違います。ですが 使えば 今よりも使えるようになってくという私なりのデーターがあります。つまり もともとの脳・遺伝子の影響もありますが 使い方を知らないということで 使い方のコツのようなものを身につけますと 頭は動き出します。ですから 思考を使うことをすすめていけば段々と変わっていけます。記憶力や暗記力は低下していくように感じますので使い続けることがいいのでしょうか?
私は聞いてみました 「周りの人や 皆に好かれる自分になりたいとは思わないのですか?」
ご先祖様は 思っています 「自分が変わっても大丈夫かな?」「素直になると馬鹿にされる カッコつけていないと馬鹿にされる うそぶいている方がいい。本当の自分は馬鹿にされる。
私は 周りの人に好かれるようになりたいとは思わないのか?と質問していますが上記の事であたふたしています。
それは 自分に自信が無いからです。うそぶいて恰好つけることが いいことだと 大きな勘違いをしています。なんでこんな 大きな勘違いができるのかと思うのですが このご先祖様だけではないのです。こういう方たちはわりと居るのです。自分に自信がないから いつも 屁理屈 へんくつ いじわる 取り繕う これらを取り除くと 悪いところがだいぶなくなり 人から減点されなくなるのですが。嫌なイメージが減るのですが。
『いつも 屁理屈 へんくつ いじわる 取り繕う』を大事にしていて行い続けます。
すると良かれとおもってやってきたことが「無駄だったのか~」「マイナスか~」 「余計なことだったのか?」と考えるようになりました。
そして 「変わっても大丈夫かな?」の不安に対しては 今までの自分と 天に送る準備を進めて気持ち良く落ち着いた今の自分の変化を思い出してもらいました。 すると 変わることが自分にとって都合の良いことであるとようやく認識しました。
するとご先祖様に変化がおきて 優しそうなお爺さんに変わりました。ほとんどの場合は ここで もう天に上がれる状態に変化するのですが この人の場合は そうはいきませんでした。
ご先祖様に話してみました。
「あなたの子孫もあなたと同じように恰好をつけて自分を落としていますよ。 これを辞めた方がいいとは思いませんか?」
「子孫まで受け継いでしまったのか」
私 今のように自分の中に嫌なものがないと気持ちいいでしょう?
ご先祖さま「イライラしない」
私 自分で勘違いして 間違えて違うように受け取って イライラしていたことがわかりますか?
先ほどまで頭が回らなかった理由がわかりますか?
ご先祖様 「自分の事しか考えていない」 「自分の都合しか考えていない」 「自分さえよければいい」「自分にとって良くないことを言われることもいいことである」「自分のために周りがしてくれるべきということがご先祖様の考えの中にあり、そうではないことが起きた時には反撃をする」「自分が・・・しか考えていないから」「自分の許せる範囲という自分流がありそれを超えると イラッとして攻撃的な感情になる」「自分流の範囲以外の事を言われると反撃を反射的におこなう」
一緒にいた人はどんなに迷惑な目にあってきたことか。
私 なんでその自分流の範囲がそんなに大事に思っていたのかと思いませんか?
人の話を聞かないで 人の話を受け入れることをしないからです。
言われていてもその内容を整理ができないくせに(良いとも悪いとも分かっていないくせに)反撃をする習性
ご先祖様は とってもがっかりしています。そのがっかり感は何ですか?
ご先祖様の本心が 見透かされました
「もう ちょっとだったのに・・・ 良くなったふりをしていたのに 自分の状態を私に上げてもらって気持ちがいい状態になったからもういいだろう!という 身勝手な狭い了見を本心にもっていました。
自分さえよければいい 嘘をついても平気 うそぶく本音 この本性を自分ではどう思いますか?素晴らしいと思うのか?見下すのか?
ご先祖様の答えは 「素のままでそれをやる人は見下すが 自分は嘘で隠せるから大丈夫なんだ 自分がそのように嘘ぶく人である事を自覚していたのだ。人には分からないから大丈夫なんだというおごり。素の顔が悪人に変わる。本当の腹の中の顔である。腹の中が悪い。真実性格が悪い。
私は 今まで ご先祖様が 自分を取り繕って嘘ぶいて 屁理屈をつけていた状態を周りがどのように見ていたかという「事実」を見せました。そして 嘘部いていることが人には見え見えでバレていることを知ってもらい周りの人が自分をどのように見ていたのかを知っていただきました。
ダマしてきたのに ダマせていない事が分かって震えだしました。自分の方が周りを切り捨ててきたと思っていたのに 実際は周りの方が自分と付き合いたくないと離れて行ったことを知りました。
味方は誰もいないのか?・・・
最後までそばでいてくれた人がいたが それを当たり前だと思っていた。そのことをありがたいことだと分からなかった。
私の質問 「その人は貴方に似ていましたか?」同じ事を言うこともあるが 気づかせてくれようとしていたが 自分が正しいと思っていたから 上から目線でバカにしてきた」
大事なご友人に ごめんなさいと ありがとうを言っていただきました。
後悔が無くなりませんので どうすれば後悔が無くなるのか?
わたしからの回答 「こんな自分を辞めたいと思うことです」
ご先祖様は 泣き出しました 嬉しくて泣き出しました
でも それは 反省の涙ではなく 他人に罰を要求されないことが嬉しいので泣いています 逃げることができたから泣いています 自分は罰を与えられないという安心と喜びの涙。
どこまでも綺麗な心とは程遠い人です。
自分の事を認めると罰せられると思っていた。だから自分が悪かった事を認めることができなかった。
人を見下す事をしていて悪いと認めると罰せられる 人を見下していた悪い事実を認めると罰せられると思っていたので認めないようにしていた。自分が悪い事を認めたくなくて 逃げていた。認めなくて事実を無かったことにしていることで罰せられなくなるはずもない。事実は事実。
私 自分自身がけがらわしい生き方ができるということは 自分を愛していないということです。自分が大切ならば悪い生き方は自分にはさせられません。
他人の目から見て みっともない だらしない だから治したいし繕いたい人は 自分を治すことができません。
自分で自分が恥ずかしくならないと 自分を恥ずかしいと思える人だけが 生まれ変わることができます。
ご本人にコメント
親切にしてもらっていることに感謝が無い人であることを自覚してください。
自分よりも素晴らしい人々を馬鹿にするなんてもってのほか。
そして いつまでも自分に親切にしてくれると思っていますか?周りの人々を馬鹿にしすぎています。迷惑をかけつづけています。これを治さないでいつまでも周りに人が居てくれると思うこと自体が考えなしの人です。
自覚して治していくことをおすすめします